柳生心眼流體術とは、起源を求めれば江戸初期に、荒木又右衛門という人物を流祖として成立した、いわゆる古武道というものです。新陰流は時代劇などでも有名な剣術の流派であり、徳川将軍家御流儀となったことでも有名で、間合いを特に重視した、精妙な剣の遣い方を伝えています。
縁あって、この二流を修められている甲斐先生と出会ったのが、10年以上前。先生は広島にお住まいであり、僕は萩市から片道3~4時間かけて稽古に通い続けています。
心眼流には棒術、柔術、大太刀があり、画像は棒術の稽古の様子です。長さ六尺(約180cm)の樫の棒を互いに持ち、表十本、裏十本の型を行います。当流では剣道や柔道のような試合形式のものは一切なく、稽古は常に型を繰り返して行われます。
大太刀は直径6㎝、長さ136cmほどもある木刀を使って、「体を練る」ことに主眼を置いた修練内容となっています。この木刀が非常に重く、先生は常に「腕の力ではなく、丹田をつかう」ことが肝要だと仰られています。
柔術は最も難しく、「柔をよく剛を制す」ものでなければなりません。これは合戦場で互いに鎧を着た状態で戦うことを想定した「甲冑取り」を元に生まれ、大まかにいえば押してくる相手の力を利用して技にかけ、最小の力で敵を倒すことを目的とした技術だからです。
剣術である新陰流の稽古は、竹刀を持って行われます。竹刀は剣道で使うようなものではなく、先を割った竹に革袋をかぶせた袋竹刀です。これも奥が深いもので、まず初めに教わる基本の型「一刀両断」。これができれば免許皆伝だと言われています。長くなるので詳しい説明は省きますが、要は基本こそ奥義であり、最も大事、ということがその意味のひとつです。
古武道は本当に奥が深く、技ひとつとってもとてもよく考えられていて、昔の人の知恵に驚かされることもしばしばです。10年以上稽古に通っていますが、まだまだ素人の域をでない程度。覚えも悪いので、これからもがんばって稽古に通っていきたいと思います。